父親が毒親な件について

私の両親の話の続きを書きたいと思う。

私の母親は私が7歳の時にガンで無くなった。それからは祖父母の力を借りながらも父親が私と姉を育ててくれた。

大学を卒業するまで、半ば強制的に且つ無意識に封じ込めてきた思いがあった。それは「実は自分の父親が、いわゆる”独親”で自分の人生に悪影響を与えている」存在なのではないか?という思いだ。普段は仲が良い方だと思うし、今すぐにでも縁を切って消え去りたいという思いでもないが、「将来自分の子供を持ったとしたらあまり関りを持たせたくない」くらいに思っている。

 

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独親とは何か。

独親と言っても幅広い意味での独親がいるらしいが一般的にはこのような親を指すらしい。(Wikipedia参照)

毒親とは、過干渉ネグレクトなどによる児童虐待によって、一種ののような影響を子供に与えるのこと。の場合は毒母(どくはは、どくぼ)、毒ママ(どくママ)[1]と称される。また、の場合は毒父(どくちち、どくふ)[2]毒パパ(どくパパ)と称される。毒母の別名として、モラ母(モラはは)[3]と称されることもある。

ほかにも、虐待(身体的、性的含む、言動)・中毒や依存症・価値観の過度の押し付け・ゆがんだ愛情の押し付け・束縛・脅し などをすることを含め”独親”と呼ばれる。

 

 

ここからは思い当たる節をまとめていきたい。

 

 

物や金で子供を釣る・過度な資本主義

私の父はエリートでは無いものの、それなりの大学を出て大手と呼ばれる企業に入り、幸運なことに40年間一度も転職を経験することなく定年を迎えて再雇用として同じ企業で働き続けている。役員でもないが年収が数千万を超えたこともある超ラッキーバブリー時代の人間である。そして今になってようやく少し社交的になったものの元来大人しい性格で生真面目、金を持ってナンボという人だ。

そのおかげで私も社会人になるまで経済的には不自由をせず高校や塾や大学の費用まで出してもらえたことには感謝している。だが同時に、精神的にはとても貧しく育ってしまったと実感している。

 

子供の頃、父親に心から言葉や気持ちで褒めてもらった記憶がない。例えばテストで100点を取ったら1000円、順位が何位以上であればゲームを買ってもらう。お金や物に釣られ、それをモチベーションにして育ってきた。社会人になった今であればやったことに対しての対価と考えてお金をもらうことが普通に思えるけれど、子供にとってお金はそこまでの意味を持たない。

 

こういうこともあり、「なんでもお金と脅しで片付けようとしている」としか思うことが出来ず寂しい思いをした。子供にとって親が心から喜んでくれる姿や親に気持ちを込めて褒めてもらえることは精神面での成長過程ではとても大切なことだと思う。

 

虐待(身体的に)・短気(ヒステリー)

上記のような人生を送ってきた父親にとって、人生とは「良い大学に入り、大きな企業に就職すること」だったらしい。生涯雇用なんて言葉が死んだ今でもその言葉を信じている様子。

そんな彼のもとで育った私は、小・中学生の間、土日などにまともに友達と遊んだ記憶がない。たまに遊んでも1~2時間程度。平日学校が終わってから父親が帰宅するまでに指定の問題集を終わらせなければならなかった。毎年中毒のように山積みの問題集を購入してきて、土日は朝起きてから15時くらいまで問題集をひたすらさせられていた。そこまでは良しとしても、そこからが問題だった。

答え合わせは自分でさせてもらえず父親が行っていた。間違いが多いとだんだん機嫌が悪くなってくる。最初は我慢して静かに教えてくれていたのに、それでも私が理解をしていないと怒鳴るようになった。分かろうとしたって分からないものは分からない。耳元で怒鳴られたってパニックになって泣いてしまうだけだった。

挙句の果てには頭を叩かれることもあった。ひどいときには後頭部を叩かれフワッっと意識が浮いたこともある。今思えばアレは完全に脳震盪あの時は本気で救急車を呼んで親に殴られたと言うか悩んだ。でもそんなことになったら親は逮捕され、私は施設行きだっただろう。虐待されても黙っている子供の気持ちが今ならわかる。

また、全問解き終えるまで夜中まで寝させてもらえなかったこともあった。

こうして私は毎日ビクビクしながら父親の機嫌を取るように育った。

私のその態度がまた、父親「怒鳴って恐怖感を植え付ければ言うことを聞く」と覚えさせてしまったのだろう。絶対君主の出来上がり。

 

今でこそ自分自身の収入があるし父親に頼る必要もないから怖くなくなったが、100%は言い返したりできないし不機嫌な様子を見ると多少なりともビクっとしてしまう。

 

脅し・子離れができない

父は自分に気に食わないことがあると「もうあの費用は出してやらないからな!」「辞めさせるから!」と脅されることもあった。小中学生の子供が自分でお金を稼ぐことができないことをよいことに事あるごとにこう脅された。こういえば子供をコントロールすることは可能だ。だけど、これはまったく良い意味でのコントロールではない。

子供が親の視線ばかりを気にして行動するようになってしまうだけだし、子供が持つ「自分らしさ」を殺す結果となるだけだ。

社会人になった今も(お金をくれといったわけでもないのに)「どこにそんな金があるんだ」「(1人暮らしなんて)金がかかるだけで暮らしていけるわけがない(じゃあ東京に住んでる独身たちはどうしてるんだよ…)」「お前がどうやって1人で家事炊事洗濯をするんだ(もうしてるよ…!)」と言葉で攻撃をしてくる。

 

この年になってもう脅しは効かないと気づいていないのか…

実際は自分が”子供に見捨てられること”を恐がる自己中なだけと分かってからは憐みの目で見ている…。

 

人として尊敬できない

子供の頃は気づかなかったが成長していく中で気づいたこと。

それは父親がクチャラーで、21世紀にもなるのに未だに差別的な発言を口にする、そしてある意味アルコール中毒、そんな人間だと分かったため不快感極まりないということだ。

 

私にとってクチャラーは他人がすることで最も気持ちが悪くて不快なことなのだ。

注意する?そんなの無駄。クチャラーに注意したことがある人は思い当たると思うが、たいていのクチャラーたちは逆切れをして直そうともしない。

だから私は実家で仕方なく父親と食事をしなければいけないとき、必ずイヤフォンで耳をふさぐかテレビを大音量にしている。それでも不快過ぎるのだ。静かなレストランに一緒に行くことなど、もう一生無いだろう。吐きそうになる。無理だ。

 

そして2番目、差別的な発言について。これは本当に許されないこと。世界の全員が差別主義者でない、なんてことは無いことは分かっている。けれども家族間と言えども口にしてよいことと悪いことがあると思う(歴史上のこととか人種とか)。頭の中で考えることは自由だが、少なくとも口にするべきではない。この時代になってまだそんなことを平気で口に出せるなんて。人として低俗すぎて吐き気がする。家族だとも思われたくない瞬間。

ましてや今の私の状況(同性愛者であり外国人と付き合っている)など親が生きている間に話すことは絶対ないだろう。仮にも万が一、同性の外国人と結婚しようとなったとしても、式はおろか結婚したという事実も知らせたくないし海外転勤のため海外在住、とでも言っておくつもりだ。嫌々祝ってまたお金を渡されるくらいなら、し分かってもらえなくて結構、こちらも分かってもらおうともしないだろう。

 

そして最後にアルコール中毒ではないか、ということ。

毎日飲まないとダメな体になっているらしい。人に迷惑をかけずに毎日飲むのであればどうぞどうぞと思うが、酔っぱらいすぎてドブに落下して見知らぬ人に助けてもらったり、財布を落とすこと10回、鍵もなくすこと10回、ちなみに今日は財布や家の鍵、社員証や通帳など全部が入ったカバンを電車に忘れてベロンベロンになって帰ってきた。寝静まった時間に玄関を開けてやるのもイライラする。

「バカヤローくたばっとけ」って言っといたけど明日には忘れていそうだから、ストレス発散にいろいろ煽っといた。1人で転がって部屋の壁に頭をぶつけて転がっていたので警察にもカード会社にも電話していない様子。庭で寝ていたこともあった。真冬じゃないし戒めに形態の電源を切って放置しておいたけど。

 

もうクソアホかと…。大人の、しかも親があの姿って情けない…。

もし明日通帳の中身がスッカラカンになっていたとしても自業自得だ。

人生も後半、良い歳こいて恥ずかしくないの?酒量もコントロールできないの?

この年代の残念なグループの人って本当に理解が出来ない。

本気で一度くたばったら良いとすら思う私は親不孝か?

 

 

 

 

こんなこともあり、今書き留めてみたら私にとって悪影響でしかないことが確定してスッキリした。目途がついたら家を出ていく用意をする。

その時また続きを書けたら良いな、と思う。  ~つづく!~